
| 愛知県豊橋市二川町→二川宿本陣→二川駅(1.5km:1時間)岩屋観音→飯村一里塚(5km:1.5時間) |
■ 二川宿について ■(1999年12月17日)曇![]()
舞阪からここまで歩いてきた。時間はまだ3時前だが
今日は二川駅まで歩いて終わりにしようと思う。
最近は耐久レースのような歩きになってしまってる。
歩き始めた頃は10kも歩くとマメや筋肉痛で大騒ぎだった、
今は確かに違う20k歩いても然したる被害もない。
しかしあまり走り抜けるように東海道を歩いてしまうと、
思い出も、すぐに過ぎ去って行くような気がする・・・・
東海道33番目の宿場、二川宿は東海道を江戸から京都へと上って行くと、
三河国(愛知県)最初の宿場町だった。
宿場規模は小さく、近年には製糸が盛んとなったが、大きな産業もない。
現在では豊橋のような大開発を免れ貴重な本陣や家屋が残されている。
近くに有る岩屋観音は有名だ。
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■ 一里塚跡~妙泉寺 ■約100m![]() ![]()
川と踏切りを越えると、二川宿場入口が見え、その右角に二川一里塚(写真左)がある。
この二川も古い家並み(写真中)が残っているようだ。
歩いて直ぐ街道沿いに題目石(写真右)があり、その奥に続く道を行くと妙泉寺がある。
(1798年建立、松尾芭蕉の句碑がある)
・・・・時間はたっぷりあるのに、どうも足早だ。
何も無い国道はスタスタ歩き、宿場に入ったら
ゆったりと歩く、そんな調節技を身につけたい・・・・
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■ 二川八幡神社~古い商家 ■約1~200m![]() ![]()
白壁に囲まれた二川八幡神社の鳥居が街道右手にあった。
(1295年、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮から分霊して祭られたと伝えられている。
この神社は二川の氏神様で境内には二川宿の人々寄進の灯篭がある)
小さな橋を越えて歩いて行くと桝型(かぎの手)の
右に宿場内でも一段と歴史を感じる商家の東駒屋(写真右)。
ここは江戸時代から味噌・たまり醤油を造り、現在でも赤味噌を製造販売しているそうだ。
古い家並みが続くと何故か心が得した気分。
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■ 脇本陣跡・二川宿本陣 ■約1~200m![]() ![]()
その先、脇本陣跡(写真左)の説明板を背にして左斜め前方に、
一際大きな二川宿本陣がある。
色々な角度からデジカメするが、街道が狭いため全体の建物を撮ることが出来ない。
(本陣は、間口32m、敷地面積1,733㎡、建坪598㎡と宿内一の建物であった)
本陣前の古い商家と比べても、その大きさが判る。
全容を解明すべく本陣内部を覗いて見る事にした。
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■ 二川宿本陣資料館 ■入館料:300円:9:30~16:30。休館月曜・年末年始:0532-41-8580![]() ![]()
資料館は二川宿を「東海道」「二川宿」「本陣」というテーマで常設展示している。
現存する本陣としては全国に二川宿本陣と草津宿本陣の二カ所だけ。
この本陣は、江戸時代初期は後藤五左衛門が勤めていたが、
再々の火災のため没落し、1793年以降は紅林権左衛門が
本陣職を引き継いだ。しかし、紅林家も火災により続かず、
1807年から明治の本陣廃止まで馬場彦十郎が現在地
において本陣経営していた。
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■ 二川本陣高札場~二川駅 ■約1km![]() ![]()
本陣の中は部屋に上がれるようになっていた。
さっそくリラックスして寝転びながら、時をしばし忘れる。・・気がついたら
・・それでは、どなたさんも、先を急ぎやすんで、失礼しやす!
・・・
とすっかり昔の旅人(写真左)になっていた。
本陣を出た敷地内の高札場(写真中)を後にして街道を歩いていると小さな石碑が西問屋場跡(写真右)を教えてくれた。
二川駅に着いたのは3時半だった。
・・・午後21時:豊橋グランドホテルの1009号室に宴会場の大歌声で眠れない男がいる・・
(行程1時間(計8時間)・1999.12/17(金):万歩計=36781)
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■ 二川駅~岩屋観音 ■(1999年12月18日)晴約1~2km![]() ![]()
8:10二川駅から歩き始める。さぁ行きますか~というような爽快な気分だ。
こんな時、世間を騒がせているオヤジに「最高ですか~!」
と聞かれたら「最高です!!」と答えてしまいそうだ。・・・
駅からすぐに「渥美奥郡道の道標」(写真左)が歩道にあった。
道はカーブして交差点に出るがそのまま真っ直ぐ
歩道が無い火打坂を上っていく。
平坦になった道の信号(写真中)を左に曲がる。
左の小山は山頂に岩屋観音像が居る岩屋山(写真右)だ。
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■ 一本松~飯村一里塚 ■約2~3km![]() ![]()
歩道の小さな峠を越えると街道の先に、いまにも道路に倒れそうな木が見える。
近づくと大きな街道松だった。
たった一本だけど存在感の有る堂々とした姿だ。(注:2007.2切り倒された)
高師原口の大きな道路を過ぎ遠くへ下る(写真中)ような坂を歩いて行く。
やがて飯村の古い家並みを通り殿田川を越えると
国道一号と交わる交差点の中州のような場所に飯村一里塚(写真右)はあった。
(植え込みから離れた電信柱の片隅に疎外されていて中々見つからなかった。)
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■ 国道一号~瓦町まで ■約1~2km![]() ![]()
ここから吉田宿までは国道一号(東海道)を行く。山中橋を越えしばらく行くと豊橋の市街地になる。
街道の名残を僅かに見つけ。
やがて伝馬町・瓦町へと入っていった。
・・・まだ9時半、このまま豊橋から新幹線で帰ろうか、それとも御油まで歩こうか、時間の贅沢を楽しんでいる旅人だった・・ (行程1.5時間・1999.12/18(土):万歩計=計測中) |
34.白須賀宿~二川宿へ
36.吉田宿~御油宿へ
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