54.草津宿~大津宿へ(街道地図)
滋賀県草津市→本陣→矢橋道標→月輪池→瀬田唐橋→膳所(14km:5.5時間)

■ 草津宿について ■(2000年5月3日)晴:宿泊先=ホテル21(部屋広くお勧め)
♪草津良いと~こ♪一度は~おいで~♪・・の草津温泉ではない。 歴史街道「草津」である。 その草津に以前、出張で訪れた事が有ったのだが、 当時は東海道に興味がなく、 草津宿本陣が改修中だった事さえ気が付かなかった。 真新しい材木と黒塀だけが印象に残り、大きな屋敷を改修していたような 記憶だけがある。 ・・・・ ・・・・ 草津宿は江戸から52番目の宿で東海道と中山道が合流・分岐する 交通の要衝として栄えた宿場町である。 宿場の歴史は古く、鎌倉時代から交通の要として重要視され、 信長・家康の政策により宿場機能が整備された。 今でも草津宿本陣が公開され貴重な資料が残されています。 名物は広重の画中にもあるように「姥が餅」が有名。

■ 草津宿追分 ■約1km
朝8:20街道に復帰する。喫茶店横の坂から草津川を越えると 宿場入口に「左いせ道、右しがらき道」と彫られた道標(写真左)が出迎える。 狭い街道をしばらく歩くと 草津川トンネル(写真中)に突き当たる。右のトンネルの先は アーケード街になっているが本物の中山道である。 追分角にある石道標は東海道と中山道の分岐点 の現在地に建てられた。 東海道は左に曲がって公民館前の歴史街道案内板(写真右)を通過して行く。

■ 草津宿本陣 ■約1~200m
草津宿本陣(田中七左衛門家)は寛永から明治 の廃止に至るまで、200年近く 大名・幕府役人・勅使などの休憩宿泊施設として機能した。 建物は平成8年に改修されたが、江戸時代の姿が残されている 貴重な国指定史跡である。 建坪468坪、部屋数39室268畳を有した瓦葺き平屋妻入り建物で 本陣屋敷の他に表門・住居台所・湯殿・御除ヶ門等が現存している。 開館時間:午前9時~午後5時 (入館は4時30分まで) 休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の時は翌日が休館) 大人200円:街道交流館と共通は320円 (TEL077-561-6636)

■ 草津宿街道交流館・立木神社 ■約5~600m
すぐ先に脇本陣跡。しばらく歩くと電脳浮世絵師の岡本さんが勧めてくれた街道交流館(写真左)がある。 時間もタップリあるので覗いて見る事にした。街道の資料や旅体験コーナー、 宿場模型等、中でも立体映像(写真中)で問屋場の様子が演じられていたのには感動した。 (開館・休館は本陣と同じ:TEL077-567-0030) 街道へ戻り(写真右)、信号を渡った右角に立木神社がある。 (境内には栗の木の化石と伝えられる「活人石」が置かれている)

■ 矢橋道標・野路の玉川 ■約2~3km
今日はお祭りらしい。東海道に神輿の華が咲く。 光伝寺を過ぎた先に矢橋道標(写真左)が立っている。 この道標は姥ヶ餅屋の軒下に矢橋の渡しへ導くため建てられた道標で、 広重53次絵にも登場する。 街道はこの先、国道に分断されて突き進む。 野路の玉川(写真中)で一休み。10:00(萩の名勝として浮世絵や近江名所図会などで紹介) 弁天池を右に見て狼川を渡った(写真右)辺りで 何気なく万歩計を見ると数字が消えていた・・・

■ 月輪池・一里塚 ■約2~3km
・・・江戸からの旅の友、万歩計を何とか生き返してやりたいと思った・・ 南笠町(写真左)をしばらく行くと街道左奥に月輪寺、横には「新田開発発祥の地」など の石碑が並んでいる。すぐ先、大きな池は月輪池(写真中)。 小さな一里山橋を渡って次の信号左角に一里塚跡(写真右)。 ・・・ここで旅人は街道を外れ右手の繁華街を行く、 瀬田駅近くのヒカリ屋2Fオオサワ時計店で万歩計の電池を取替えて もらった。「262円です」・・・何て良心的な店なんだ!

■ 大江町・建部神社 ■約2~3km
駅前で食事をと思ったのだが262円の価値に畏敬を感じ、 それ以上のお金を使って腹を膨らます事など出来なかった。 感謝の気持ちを胸に街道に復帰する11:20。 大江町をしばらく歩き、坂をなだらかに下った信号を 直角に左折する。 細い川を挟んだ歩道(写真左)を進み、道が狭くなった浄光寺の角を右に曲がる。 坂を登り降りすると、東海道はやがて国道に突き当たり 左に進む。建部神社(写真中)を左に見ながら歩くと瀬田の家並み(写真右)の先に橋が見えてきた。

■ 瀬田の唐橋 ■約4~500m
擬宝珠を配した美しい橋だ。この橋には「俵藤太(藤原秀郷)百足退治伝説」がある。 (秀郷が唐橋を渡ろうとすると大蛇が寝ていた。恐れなく平然と跨ぐと、 大蛇に化けていた龍神は、その勇気に感心し三上山に住む大ムカデの退治 を依頼する。見事、秀郷はムカデを倒し龍宮に招かれる) 河原の奥にはその竜王宮と秀郷社がある。 また京都へ向かう唯一の橋であったため、源平の合戦、応仁の乱、本能寺の変 など戦乱のたびに焼け落ちた。

■ 石山商店街~総門跡 ■約2~3km
唐橋の先で竜宮城のような家を発見した。 京阪線の踏切りを渡ってすぐ右の石山商店街へ入って行く。 しばらく歩いて国道高架下、石山駅の踏切りを渡り、東海道線下を潜る。 商店街が終わってNECの工場に沿って歩いていると歩道上に1本の松ノ木が 行く手を塞いでいた。危くぶつかりそう。 大きな通りを越えて膳所町に入る。正面突き当たり(写真右)角に膳所城勢多口総門跡 。左に曲がると、静かな街道でお祭りが行われていた。

■ 五社膳所まつり ■約2~3km
京阪石山坂本線「瓦ヶ浜駅」を見るように線路を二度渡った。 曲がり角のポイントは古い家並みが 教えてくれる。街道左奥に膳所神社。 さっきから何処を歩いても祭り姿の人と出会う理由がやっと解った。 今日は五社膳所まつりだったのだ。 狭い街道は祭り気分で大賑わい和田神社の先で左に曲がり、突き当たり(写真右)の敬願寺を過ぎて街道はやがて膳所城北総門跡に至る。
・・・14時、人には誰にも故郷がある、そして祭りの夜がある。♪泣~かない♪約~束~・・旅人にもほろ苦い思い出があった。 ・・ (行程5.5時間・2000.5/3(水):万歩計=21036+10000?)

旅人:浮浪雲
53.石部宿~草津宿 55.大津宿~三条大橋